めちゃめちゃ可愛いでしょ!

うちの娘について

 わたしとの出会いは比較的最近で、平成12年の1月になります。その頃、ヒトにあげてしまった「三代目 中学生リカ」の代わりに風景写真撮影用にと「四代目中学生リカ」を買いに某ハローマックへ行ったのですが、 すでに四代目中学生リカは売りきれていました。残念…とばかりに店を後にしようとしましたが、「ん?」と なぜか目にとまった女のコがありました。

 かわいらしい顔立ちのジェニーでした。しかもボーダーの格好をしている。たしかこれはずいぶん前に売り出されたもののはずで、既に値札が2回貼りなおされています。いわゆる売れ残りですね・・・いったん手に取りましたが、そのときはあまり興味無かったのでどうしようか迷いいったんは棚に返しましたが、不思議なもので

「わたしを連れてって…」

と言われた気がして、正直驚きました。この頃はまだ「ジェニー」というものには今ほど興味が無かったのですが、再び手にとると、パッケージの中で「はりつけ状態」になったままこちらを見つめる彼女がすごく気に なってしまい、ちょうどスノボに出かけるときだったこともあるし、また顔がかわいいので、そのまま購入してしまいました。いや、かわいいからというのは後からつけた理由ですね。ほんとに、 「連れて帰りたい!」と夢中になってしまったのです。いまだにこの娘よりかわいい顔のドールには出会ったことがありません(きっぱり)。



 その彼女ですが、長らく在庫になっていたせいか髪にホルダーの跡がついてしまっており、 ウェーブがかかったようになってしまっています。何度かシャンプーしたりしましたが、なかなかとれませんでした。最近ようやくストレートになってきたかな?という程度です。またSAJはどれでもそうですが、ちゃんと膝をそろえて座ることができませんでした。そこで不本意ながら股関節の部分を若干加工しています。もっと削ればほんとうにぴったり座ることができるのですが、そうすると股関節がゆるゆるになってしまうので手加減しています。



 でもお人形って不思議なものですよね。大事にしていると、なんだかだんだんいい顔になってくるし、 「表情」がはっきりと出るようになってくるのです。逆に、1ヶ月もカゴの中に閉じ込めっぱなしでさあ写真を撮ろう!と思っても、ふてくされて、いい顔になってくれないんです。でも毎日机の上で笑顔を交わして、それでドライブして写真を撮ると、いい顔になってくれるんですよ。

 お人形を撮影する技術が向上しているというのもあるかもしれませんが、「アヴァンチュール」の中身を見てください。新しいものへ行くほどだんだん表情が豊かになっているでしょう?不思議なものです。


「ジェニー」について

 ジェニーは、タカラが製造販売する着せ替え人形です。リカちゃんが「ままごと」を目的とし幼年層を対象としているのに対して、ジェニーは「ファッションコーディネート」、平たく言えば着せ替えそのものを目的として、少女から成人を対象としています。ですから、リカちゃんシリーズが「○○屋さんセット」とかに注力しているのに対して、ジェニーシリーズでは服飾品に絞った展開がなされています。

ジェニーの誕生

 このジェニーですが、その誕生にはちょっと特殊な事情があります。忘れてはならないのが、バービー人形の存在です。


 バービーは米国マテル社により1959年に発売が開始されますが、人形も服も最初は日本製でした。日本人は手先が器用で、本体も洋服もまとめて日本で生産ができ、しかも当時米国に比べ遥かに人件費が安かったから。この生産に携わったのが当時足立区や葛飾区に集中していた ビニール工業品の町工場で、今でもこの界隈でおもちゃのメーカーが多いのはこの頃からです。

 マテル社は3年後の1962年に日本でもバービーを売り出しますが、やはり好みの違いのためかぜんぜん売れず、1967年のタカラによる リカちゃん人形の発売開始でほとんど撃退されてしまいます。そして1970年代にはバービーの生産も東南アジアに移り、 日本ではその姿をほとんど見なくなりました。


 時は流れて1982年、リカちゃん人形で有名になっていたタカラはより高年齢層むけの人形を企画開発し、米国マテル社と契約して この人形に世界的に有名な「バービー」の名称を使えるようにします。リカちゃんとの住み分けにより、リカちゃんを卒業した女の子の市場 を開拓しようとしたのです。

 こうして産まれたお人形は、バービーとは言っても、これまでとはまるで別人の「日本人がデザインした日本人好みのバービー」でした。 ロサンゼルス出身で8月1日生まれの17歳。髪の毛はもちろん金髪ですがオカッパに整えられ、タレ目と相まって、本家バービーより少し 幼い感じの少女になりました。この「タカラのバービー」は、今までのバービーの苦戦が嘘であったように飛ぶように売れました。やはり日本人好みのスタイルと顔だちがヒットしたのです。

 ところが4年後の1986年、マテル社との契約更新の時になってマテル社から「契約更新はしない」と突き放されてしまい、バービー の名が使えなくなってしまいます。実はこの後「タカラバービー」にそっくりな人形をマテル社が日本のメーカーと契約して「バービー」 として売り出しましたから、よく売れるなら自分のところで儲けようと考えたのかもしれません(その後タカラから訴えられるなどの経緯を経て、 現在ではこのバービーは売られていません)。


 困ったタカラは、よく売れていたこの金髪のお人形に新しい名前をつけ、再スタートしました。

 そして生まれたのが「ジェニー」です。


スーパーアクションジェニー

 1986年の発売開始以降たくさんの友達ができ、また山ほどの衣装類を次々と出してきたジェニーですが、発売10年の節目となった 1996年、今までと全く違う構造の「スーパーアクションボディ」を使った「スーパーアクションジェニー」が販売されます。普通の ジェニーは首、肩、腰と股関節を回せるだけでしたが、スーパーアクションジェニーはほとんどの関節を人間と同じように動かすことが できます。

 この「スーパーアクションジェニー」こそが、我が家のジェニーです。

 スーパーアクションボディは2000年の生産終了までの間にジェニーの友達たちにまで展開されましたが、巷ではこのボディを 改造するのが流行し今日のドールブームの火付け役となりました。それまでフィギュアなどの人形趣味があった人たちが「いろいろなポーズができる人形は面白い!」と、スーパー アクションジェニーを買っては顔を書き直し、髪の毛を挿げ替えて、オリジナルの人形を作るのです。これが火付け役となって、 今日のドールブームが起き、スーパーアクションボディ生産終了後はがっかりしたファンのためにボークスなどの会社が類似の 可動式のボディを作ったり、ドールショウなどさまざまなイベントが開かれるようになったのです。

その後のジェニー

 2000年には、また新しい「ナチュラルボディ」を使った「フォトジェニックジェニー」がデビューしました。これは事実上 スーパーアクションジェニーの後継にあたり、関節が動かせるのに加え、全身が本物の人間のように継ぎ目がなくしかも柔らかい素材 でできています。だから水着など露出度の高い服装ではまるで本物の人間みたいですし、お尻や胸などはハダカのままだと 「18禁かと思うほどヤバイ」ぐらいです(笑)

 ただしこのナチュラルボディは、その関節は針金が中に入っているだけなので、長く遊んでいると、骨折します(笑)。また 全身がゴムのような樹脂でできているため着せ替えはたいへんしづらく、ぴったりしたワンピースの水着などはテクニックを駆使 しないと着せられないほどです。子供向けでなく、高年齢層むけのお人形と言えるでしょう。またタカラ自身からも「対象年齢 16歳以上」などと、所謂「成人向け」と言われる領域の服飾品も発売されてきます。大人でジェニーを買い求める人が増えてきた ことへの対応だと思われます。

 また2000年以降、ジェニーの顔が変わりました。時代の好みに合わせてかそれまでの垂れ目が釣り目になり、眉やアイライン などがはっきりし、顔も少しだけ小さくなっています。



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